重城 幸一郎
2025年度より、日本時計学会の代表理事を拝命いたしました。理事、運営委員、学会員の皆様とともに、本学会のさらなる発展に尽力してまいりますので、引き続きご支援とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
時計は、その名の通り「時を計る計測器」であり、機械式からクォーツ、電波時計へと技術の進化を遂げてきました。しかし、時計業界外の通信機器メーカーが、心拍や運動データ、位置情報などを計測できるスマートウォッチを市場に投入し、業界に大きな変革をもたらしています。これは、機械式時計からクォーツ時計への移行を引き起こした「クォーツショック」に続く、第二の波ともいえるものです。
このような変化に対し、時計業界各社は「時を計る計測器」としての精度や持続時間といった機能価値の向上に加え、「身を飾る装身具」としての感性価値を高めることで、新たな価値を創造しています。手加工による部品の磨き、エナメルなどの伝統工芸の採用、記念碑的な製品の復刻など、その取り組みは多岐にわたります。
フランス語で「時計」を意味する montre と「見せる」を意味する montrer は、どちらもラテン語の monstrare(示す、見せる)に由来すると言われています。かつて時計が王侯貴族の所有物であった時代、美しい装飾や複雑な機構が施されていたように、時計は単なる計測器ではなく、持ち主の美意識やステータスを「見せる」存在でもありました。この語源のつながりからも、時計における感性価値の重要性をご理解いただけるのではないでしょうか。
日本時計学会では、機構や回路、潤滑油など、時計を支える基盤技術の研究を行うとともに、それらを活用し製品として具現化する「製品化技術」にも注目してきました。一方で、感性価値は装飾やデザインなど技術と直接関係しない要素にも宿るため、学術的に扱いにくい分野とされてきました。しかしながら、製品化技術を機能価値実現の手段としてだけでなく、感性価値を含んだ製品価値の向上の手段と定義し、製品化技術をより輝かせることこそが、日本時計学会における重要な使命の一つであると考えます。
感性価値を重要視する潮流は時計業界にとどまらず、広く工業製品全般にも波及し始めており、時計業界が先駆けて取り組んでいる製品化技術見直しの動きは、製品価値向上への関心の高まりとともに、日本時計学会の役割をさらに重要なものとするはずです。